T.Hatano

畑農 智実ってどんなヤツ?

諸元
名称畑農 智実(はたのう ともみ)
種別
全長/質量168cm/69kg
生産地福岡県
生産年月日1973 年 1 月 3 日
血液型A Rh+
タイプの
女性芸能人
misono
はしのえみ
島崎和歌子
免許やら資格やら 普通免許・大型自動二輪免許
一陸技・一アマ

何をしてる人?

とまあこんな感じで、自由気ままに生きています。

これまでの軌跡

18 歳になるまでは福岡市で過ごしました。

中学校の頃はオーディオの世界に浸っていました。 といっても、中学生では高価な機器に手を出せるわけもなく、ラジカセに毛が生えたようなもので満足していたのですが、テクニクスやトリオ(現ケンウッド)がお気に入りのブランドでした。 FM 福岡 (JODU-FM 80.7MHz) で毎週かならず「感動を伝える、トリオ・シグマドライブアンプ 〜 すってれおーっ トーリーオー!(ぽぉーん)」っていう時報を耳にしたのを覚えています。 あの頃のトリオのアンプはダンピングファクタが 200 とかあって、「すごいなぁ」って思ったもんです。

もうひとつ強烈に覚えてるのが、ベスト電気本店でやってた、発売されたばかりの DAT デッキと JBL のスピーカの組合せのデモンストレーション。 エスカレータを上りきったところにテクニクスの DAT デッキと JBL EVEREST DD55000 (アンプは何だっか忘れた)の組合せが置いてあって、テクニクス提供のデモテープが流しっぱなしになってるんです。 曲はたしか "Take The A Train" でした。 下の階からは生演奏のように聞こえました。 エスカレーターを登るにつれてセットが見えはじめて、生でないことが分かるにつれて驚きが深まっていきました。 しばらくは信じられなくて、上りエスカレーターの終点でじっと聞き入っていました。 そのあとテクニクスと JBL のカタログをもらいあさったのは言うまでもありません。

その後、親の期待もあったし、どちらかといえばいじめられっ子だった僕もそうしたかったので、地元で進学校と言われている高校に進みました。

個性的な先生の多い高校でした。 いちばん強烈な印象の残ってる先生は、数学の「しのティー」と物理の「おむじい」。

しのティーは、時には数学とはぜんぜん関係ないどうでもいいことに授業時間の大半を費やすかわりに、重要なことは

「平面は垂直、直線は並行」 ........(平面は垂直なベクトル、直線は平行なベクトルで表す)
「咲いたコスモス、コスモス咲いた」 ........(sin(a + b) = sin(a)cos(b) + cos(a)sin(b))

って感じで標語にして暗唱させるし、問題の読み方(=出題者が何を答に期待しているのかを読みとれ、ということ)を教えてくれたので、地道に努力するのがあんまり好きじゃない僕にはぴったりでした。

おむじいの方はというと、何十年も積み重ねて作ってきた独自のプリントを配って授業するんだけど、これが明解で教科書よりもずっと解りやすい。 解説や問題が入ってて、その日授業を受けていろいろ書き込みしたのを全部ファイルしていくと、卒業するころには自分だけの教科書兼問題集ができあがる仕組みでした。

どちらも教科書をちくちくやるタイプじゃありませんでしたが、生徒には人気がありました。 その他にも「超高速」の N 先生とか、「ラリホー」の N 先生とか、個性的な先生が多かったなぁ‥‥‥

大学で入ったのは理工学部電子通信学科。 上京したころは「ケンウッドに入って無線機の設計をやるんだ!」と心に誓っていました。 小学校の頃に電話級アマチュア無線技士(今の第四級アマチュア無線技士)、高校時代に第一級アマチュア無線技士を取ってたこともあってずっとハムをやってて「無線機はトリオ」っていう感覚があったんです。 初めて触った無線機は高校の社団局にあったトリオの TS-120V でした。

入った大学は想像してたよりもオープンで自由な世界でした。 勉強もちゃんとしましたよ。 座学よりも実験の方が好きでした。 レポート書くのは確かにホネでしたけど、好きだったなぁ‥‥‥特に通信実験。 だって、個人、特に貧乏ハムにはぜったい買えないような測定機を自由に使えるんです。 X-Y レコーダ、オシロスコープ、スペアナ、SSG、歪率計、FFT アナライザ‥‥‥‥。 一限(9 時)からだったけど絶対に寝坊しなかったのを覚えています。

でも、それよりもっと楽しいものがあることも分かりました。 そのひとつが芝居。 キャンパスのすぐそばに俳優や声優の養成所がいくつもあったんです。

大学 2 年の夏休み、暇潰しに、ある養成所(窓にお茶の水博士の似顔絵が貼ってある所です)の体験入学に行ってみることにしました。 確か 2 日間の日程だったと思いますが、すごく新鮮だったのを覚えてます。 それまでお芝居なんかやったことなかったけど、別世界を見た気がしました。

まわりの人間は「道を踏み外した」って言いますが、それ以来僕は芝居に夢中です。